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コロナ後に「幸せ格差」が生まれる? 回避するために意識すべきポイント/幸福学研究・前野隆司教授インタビュー【前編】

 新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの社会に大きな影響をもたらし続けています。第2波、第3波にも備えが必要とされる現在、人々がモノやサービスに求めることには、どのような変化があると予想されるのでしょうか。日本における「幸福学」の第一人者であり、工学から心理学、社会学、哲学までを総合的に横断する知見を持つ、前野隆司慶應義塾大学大学院教授とのリモート・インタビューです。 (インタビュー・文/及川望)

プロフィール

前野隆司(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)
まえの・たかし●1962年生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。東京工業大学工学部機械工学科修士課程を修了後、86年キヤノンに入社、生産技術研究所勤務。93年、工学博士の学位を取得(東京工業大学)。95年より慶應義塾大学理工学部専任講師〜助教授〜教授を経て、2008年よりSDM研究科教授。また、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授なども務めた。ロボットやヒューマンマシンインターフェースなどの工学系研究を続けるうち、より分野横断的なアプローチでのシステムデザイン、さらに幸福学を手がけるように。『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)など著書多数。

1.「幸せな社員」はパフォーマンスが高い 満足度は幸福を構成する重要パーツ

リモートでインタビューに応じてくれた、前野隆司教授(C)oricon ME inc.

リモートでインタビューに応じてくれた、前野隆司教授(C)oricon ME inc.

――オリコン顧客満足度調査では、さまざまな商品やサービスの顧客の方々の「満足」をアンケートで調査し、ランキングとして指標化、展開しています。前野教授は、「満足」と「幸福」にはどのような関係があるとお考えですか?
前野 満足度というのは、幸福を構成する重要なパーツ、部分だと思います。たとえば、従業員満足度を例に挙げて考えてみると、仕事内容、職場環境、福利厚生などそれぞれの部分で、満足度を測ることができますが、「福利厚生への幸福」とは表現しませんよね。それぞれの部分をたし合わせた上での総合指標が、“幸福度”ということ。実際、幸福度の高い従業員は、そうではない社員と比べて、創造性で3倍、生産性で1.3倍ほど高く、離職率も欠勤率も低いという複数の研究結果が報告されています。従業員“満足度”より、従業員“幸福度”のほうが生産性には明確に寄与するのです。

――幸福かどうかが、従業員のパフォーマンスに直結している、と。素朴な疑問で申し訳ないのですが、「幸福」「幸せ」というのは、そもそも個人の価値観にもだいぶ左右されそうですし、どうにも感覚的で、ふんわりしている印象があります。学問では扱いにくい素材なのでは。
前野 幸福学は1980年代以降、心理学系を中心に、社会学、経済学、工学など、幅広い研究者たちによる研究が活発に行われるようになった分野です。世界中の研究者が、「幸せ」と「感謝」はどう関係するのか?など、いったい何が幸せに寄与するのかという研究を重ねている。私は工学出身ですが、たくさんのそうした研究結果が、全体としてはどういう関係にあるのかに興味を持ち、研究をスタートさせました。大きな前提となっているのは、いわゆる「地位財(周囲と比較することで満足を得られるもの)」での幸福は長続きしないということです。

――地位財ということは、お金やモノ、社会的な地位などですよね。でもそれらは、たくさん集まり、高まるほど幸せにつながる気もしますが……。
前野 ある有名な経済学者の研究では、年収7万5000ドル以降は、収入と幸福感は必ずしも比例しなくなるという結果が導き出されています。「限界効用逓減の法則」という言葉もありますが、要は同じ10万円でも、最初にもらう10万円と、すでに1000万円もらった後に受け取る10万円とでは、市場での価値は同じでも、その人にとっての重みが違っている、と理解すればいい。ですから、非・地位財型の幸福とも呼べる“それ以外の領域の幸せ”が重要なわけです。安全で良好な環境や、身体的・精神的な健康。これらによる幸せは、長続きすることがわかっています。

2.「幸せの4因子」を意識して行動すれば、“長続きする幸せ”を手に入れることができる

――なるほど。その視点から研究を進めていかれたわけですね。
前野 はい。そこで私は、そうした非・地位財型の幸せ、特に心の良好な状態を分析できるような、100問弱の質問からなる調査を1500人の日本人を対象に実施。因子分析という手法で解析した結果、「幸せの4因子」と呼べるものが見つかりました。この4つの要素を意識してバランス良く行動することで、長続きする幸せを手に入れることができるのではないか、ということです。

■前野教授が見つけた「幸せの4因子」とは?

【1】やってみよう因子(自己実現と成長の因子)
夢や目標を強く持ち、チャレンジする。実際に何かを成し遂げなくても、勉強し努力するだけでも力強い幸せにつながる。

【2】ありがとう因子(つながりと感謝の因子)
他者と積極的に接することで、そこで築かれた人間関係、他者への感謝の気持ちが幸せにつながる。

【3】なんとかなる因子(前向きと楽観の因子)
楽観的でポジティブな気持ちは幸せにつながる。“楽観=適当”ではなく、努力をして最適な状態や明るい未来を待つようなイメージ。

【4】ありのままに因子(独立とマイペースの因子)
他人とは比較せず、自分らしさとは何かを認識し、振る舞うことができれば幸福感につながる。

前野 簡単に説明します。まず、1つ目は「やってみよう因子」。これは自己実現と成長の因子であり、夢や目標を強く持ち、チャレンジする。実際に何かを成し遂げなくても、勉強し、努力するだけでも力強い幸せにつながります。

 2つ目は「ありがとう因子」。つながりと感謝の因子で、優しい幸せとでも呼べるものです。感謝できる相手がいて、誰かの役に立っているという有用感があり、利他的。逆に、孤立していて「自分さえ幸せならいい」と考えていると、幸福度は下がってしまいます。たとえば、友人は弱い紐帯(結びつき)であっても多いほうが良いのですが、友人の数そのものよりも、多様であるほうが幸福度は高まります。

――より複眼的な幅広い視点を持っておくことが、幸福と関係するのですね。
前野 社会性は利他性とも関係しますね。そして、3つ目は「なんとかなる因子」。前向きと楽観の因子です。自己肯定感が高めでポジティブな人は幸せ。リスクテイクもできます。日本語の「楽観」には、テキトーでいい加減というニュアンスもありますが、ちゃんと努力をして最適な状態や明るい未来を待つ、そういう根拠のある楽観のイメージですね。

 最後、4つ目が「ありのままに因子」。これは独立と自分らしさとも表現できます。つまり、自己概念が明確で、他人と比べない。自分らしくマイペースに人生を歩める人は、過剰な地位財の獲得に躍起になる人より幸福です。これは「自分軸」「オーセンティック・リーダーシップ」といった、“自分らしさ”を大切にした考え方にも通じますね。

――ちなみに、これら4因子がすべて満遍なく揃っていないと、幸福とは呼べない状態ということなのでしょうか。
前野 できればバランスよく揃っているほうが良いことは確かですが、もちろん個人差はあって良いと思います。また、基本的に因子同士の関連性というのは薄いからこそ4因子と呼んでいるわけですが、あえて強引にまとめてしまうなら、「夢や目標を持ち、人とつながって助け合い、前向きに自分らしく生きること」が幸福だということになる。なんだかすごくありふれた結論のようで恐縮ですが(苦笑)、実際にこれが幸せの基本条件だといえます。

【この記事に関連する用語】
>顧客満足
>従業員満足