特集

PayPay3周年、“ド派手”キャンペーン仕掛け人に聞く「決済をエンタメ化」した理由

PayPayのCM「拡がるペイペイ(利用者)篇」より

 スマホ決済サービス「PayPay」が、10月5日でサービス開始3周年を迎えました。ソフトバンクとヤフーの共同出資によって立ち上がった同サービスは、2018年当時、楽天、LINEなど競合他社に比べ後発サービスでした。しかし、いまでは登録ユーザー数4200万人、加盟店舗数344万店舗(2021年9月時点)と、国内最大のシェアを誇るサービスへと成長。oricon MEが9月に発表した2021年 オリコン顧客満足度 スマホ決済サービスランキング(外部リンク)では、満足度総合1位を獲得するなど、実際のサービス利用者からも高評価を得ています。

 成功の背景には、さまざまな戦略・取り組みがあるはずですが、ローンチ直後に行った「100億円あげちゃうキャンペーン」など、決済をエンタメ化した“ド派手”なキャンペーン・プロモーション展開も、成功の礎を築いたアプローチの1つと言えるはずです。そこで、PayPay マーケティング本部長の藤井博文さんに、PayPayの名を一躍世に知らしめた100億円キャンペーンについて振り返ってもらうとともに、PayPayならではのマーケティング施策の流儀についてお聞きしました。

1.わずか10日間で終了…社会現象化した「100億円キャンペーン」の舞台裏

──PayPayの認知を一気に広げたのが、サービス開始の2ヶ月後(2018年12月)に実施された「100億円あげちゃうキャンペーン」でした。改めて、同企画実施の経緯について教えていただけますか。
藤井さん ローンチ当時の背景として、すでに先行している事業者はいましたが、日本ではスマホ決済サービス自体が市場に浸透している状態ではありませんでした。日本人のほとんどがスマホ決済という支払い行動を体験したことがなかったのです。すぐに使い慣れていただけるよう、アプリやサービスの設計にはこだわりましたが、一度でも体験してみないとなかなか理解するのは難しいサービスです。そうした課題があったため、第1弾キャンペーンでは、「まず一度、体験していただく方を増やす」ことを重視しました。

 それを踏まえて、「日本人はお得感が大好き。」そこに魅力を感じてもらえる方はきっと多いだろうと、極端にユーザー還元に傾斜して企画したのが『100億円あげちゃうキャンペーン』でした。

――キャンペーンは、実施することをユーザーに宣伝することも重要だと思いますが、この時はどのようなプロモーションを行われましたか?
藤井さん 実は、コストをユーザー還元に振り切ったこともあり、弊社では『100億円あげちゃうキャンペーン』についてほとんどプロモーションをしていませんでした。むしろ、家電量販店やコンビニといったサービス開始初期の加盟店さんが、いち早くこのキャンペーンの市場インパクトを受け止めてくださり、我々がお願いした以上に店頭での告知や既存ユーザーの案内に注力してくださったんです。加盟店さんのご協力あってこそ、成功したキャンペーンでもありました。

PayPay株式会社 マーケティング本部長の藤井博文さん

PayPay株式会社 マーケティング本部長の藤井博文さん

──家電量販店にユーザーが殺到する様子がたびたびニュースを賑わせましたが、キャンペーンの手応えはいかがでしたか?
藤井さん 社内でも誰も予期しなかった、社会現象と言って良いレベルの反響がありましたね。あらゆる報道番組が決済している人たちの店頭での様子や、還元に対する喜びの声を伝えてくれたことで、ブランドの認知はもちろん、サービス内容の認知といったスコアが最初の10日間で一気に伸びました

──ブランド認知については、どのような場面で実感されましたか?
藤井さん 決済の際に「ペイペイ!」と鳴るサウンドロゴを入れたのは、この『100億円あげちゃうキャンペーン』のときからでした。この音がお店や街のあちこちで聞こえるようになったことで、サービスの広がりが実感できました。ちなみに、弊社はソフトバンクとヤフーの合弁会社ですが、どちらのブランド名も使わない「PayPay」という新たなブランドで勝負することを当初から意図しておりましたので、第1弾キャンペーンでは「ブランド認知」をKPIの1つに設定していました。

 弊社は、スマホ決済サービスでは後発ですが、そもそも日本ではまだ成熟していない市場ですから、打ち出し方次第で一気に巻き返せるチャンスがあると見込んでいたのです。キャンペーンに参加する方だけでなく、周辺で決済シーンを見る方やサウンドロゴを耳にする方も含めて、初期認知を取ることは先々の登録ユーザー数獲得にもつながると考えました。

──第1弾キャンペーンを総括して、どのような学びがあったでしょうか?
藤井さん 正直、100億円というコストを用意しながら、わずか10日間でキャンペーンを終了せざるを得なかったのは誤算でした(当初は約4ヶ月間を予定。ただし、期間中であっても還元金額が100億円に達した場合は終了と告知)。とはいえ、インパクトあるキャンペーンによってPayPayという新サービスのアグレッシブさ、エンタメ性を伝えることには、成功できたのではないかと思っています。

 2018年10月5日のサービス開始からの2ヶ月間は、市場での安定稼働を確認するサイレントローンチ期間として位置づけておりましたが、(キャンペーンを実施した2018年12月4日からの)この10日間は本当の意味でスタートダッシュを切ることができた、現在のPayPayを語るうえでも重要な期間でした。

PayPay登録ユーザー数の推移

PayPay登録ユーザー数の推移

2.宮川大輔がCMで踊る“高速ダンス”、実は難易度がアップしていた!

──御社はキャンペーンに加えて、CMも非常に印象的です。「100億円あげちゃうキャンペーン」実施のタイミングからCM展開をされていったとのことですが、「PayPay」を連呼する音楽やキレの良いダンス、ユニークなポーズといったCMの成り立ちを教えてください。
藤井さん 当初から一過性のものではなくシリーズとして“資産”にする狙いがあり、結果として音楽・ダンス・ポーズというクリエイティブに収まりました。先ほども申し上げましたが、『100億円あげちゃうキャンペーン』の大目標はブランド認知であり、ラッキィ池田さんの振り付けによるインパクトあるダンスが大いに寄与してくれました。ちなみに、ダンスは第2弾CM(第2弾「100億円キャンペーン」時)より、演出振付家のMIKIKOさん率いるダンスカンパニー・elevenplayさんの監修により、細かい振り付けが増えるなど難易度が増しています。

<最新CM>【超PayPay祭】PayPayクーポン フィーバー 街のお店でおトク 15秒篇

──CMキャラクターを務める宮川大輔さんは、かつて吉本印天然素材(ダンスができるお笑い集団をコンセプトに、当時の吉本若手芸人で結成されたユニット)のメンバーでしたが、ダンスに苦戦はされませんでしたか?
藤井さん 難易度をアップさせた第2弾では、宮川さんの足がもつれてCMが終わるような内容でも面白いかもね、と演出陣と話していたのですが、15分くらいの練習で見事にマスターされていたのはさすがでした。また、ダンスについては、YouTuberのヒカキンさんがいち早く“踊ってみた動画”をあげてくださり、それがバズるといった、思わぬ波及効果もありました。

──改めて、宮川さんの起用理由を教えていただけますか?
藤井さん 『100億円あげちゃうキャンペーン』は、企画・CMともにお祭り感を打ち出した内容だったことから、“お祭り男”のイメージがある宮川さんを起用させていただきました。ちなみに、PayPayのメインカラーは赤ですが、金融機関では緑や青といった落ち着いた色が採用されるケースが多いんですね。ただ、弊社は取り澄ました感じよりも「楽しさ」「勢い」といった、従来の金融機関とは異なる立ち位置を狙う意図から、あえて赤を採用しました。宮川さんの明るさ、景気の良さにも通じる色だったと思っています。

──2020年2月から新たにCMキャラクターに加わった、山之内すずさんについてはいかがですか?
藤井さん PayPayは全世代がターゲットですが、10代の利用率がやや低いという調査から、その世代にリーチできるタレントとして山之内さんを起用しました。たしか、初登場当時は、山之内さんも今ほどブレイクする前だったと思うのですが、僭越ながらPayPayのCM露出とともに知名度を増していってくださったことは、とてもありがたかったです。

最新CM【超PayPay祭】PayPayクーポン フィーバー 街のお店でおトク 15秒篇(ペイペイ)より (左から)松重豊、宮川大輔、山之内すず

最新CM【超PayPay祭】PayPayクーポン フィーバー 街のお店でおトク 15秒篇(ペイペイ)より (左から)松重豊、宮川大輔、山之内すず

──CMの効果はどのように計っていますか?
藤井さん これまで複数のCMを制作してきたなかで、1つの勝ちパターンのようなものが見えてきました。CMを打つ際には「CM認知率」「CM好意度」「(キャンペーン等の)企画内容の周知」の3つを指標としていますが、勝ちパターンを盛り込んだCMは確実に一段高い成果を出しています。

 また、初期のCMの一番の目的はブランド認知でしたが、現在はある程度PayPayのCMだと認識したうえでCMの内容を見てくださっている方が多いので、「企画内容の周知」を重視するようになっています。シリーズとしての“資産”を守りつつも、こうした試行錯誤を通して新たな勝ちパターンを探り出したいと考えています。

3.キャンペーンは、どのような体制・プロセス・スパンで企画されているのか?

──中山一郎 代表取締役社長も、たびたび会見で「PayPayといえば、やっぱりキャンペーン」と発言されていますが、「100億円あげちゃうキャンペーン」以降も一貫して、ユニークなキャンペーン・プロモーションを展開されている印象がございます。2021年 オリコン顧客満足度 スマホ決済サービスランキングでは、総合1位を獲得されたほか、評価項目別の「キャンペーン・ポイント」ランキングでも1位の評価を得ておられますが、どのような体制・プロセス・スパンで企画されるのでしょうか?
藤井さん 一般的な仕組みと、それほど変わらないと思います。まず、戦略チームが現在のマーケットのコンディションや数字面でのPayPayの状況などを分析し、それに基づいて企画チームが営業チームと連携して加盟店やユーザーのニーズを捉え、具体的なキャンペーンを設計する。

 最終的にプロモーションチームが店頭販促やマス販促、デジタル販促などを設計し、市場投入に向かうという流れです。スパンについては市場の変化も速まっていますし、弊社のコンディションも刻々と変わるので一概には言えませんが、長くて半年、短くて3ヶ月ほどの周期で回しています。

──頻繁にキャンペーンを実施されている印象がありますが、他社サービスと比べても頻度は高いのでしょうか?
藤井さん PayPayのプラットフォーム上で実施するキャンペーンには、大きく分けて2種類あります。1つは、弊社が独自で企画するもの。もう1つは、地方自治体や加盟店といった外部団体・企業が企画から原資まで担って実施するもの。昨年より後者のパターンがとても増えており、結果としてPayPay全体のキャンペーン数が増えている状況にあります。

──キャンペーンを企画する際のルールはあるのでしょうか。
藤井さん 適切な競争環境を守るべく、景品表示法などの法律はもちろん遵守しています。法律で求められるユーザー保護の主旨に適合しつつ、一方でどれだけユーザーに還元できるかの基準を弁護士の先生と相談しながら判断するようにしています。

──キャンペーンを企画する際に大切にしている「PayPayらしさ」はありますか?
藤井さん 意識しているのは、「決済をエンタメ化」することです。無機質になりがちな決済という行為を、アプリを通じることで少しでも楽しく、ワクワクする、ポジティブな瞬間に変えるということですね。たとえば、付与予定の金額がすぐに表示されたり、抽選で全額還元されたりといった、お得感を即時に実感できるのは、現金やクレジットカードにはないスマホ決済ならではの特性です。

──今回は、利用可能性のあるすべてのユーザーに対して一律にプロモーションする「マスマーケティング」をメインにお聞きしていますが、顧客との関係を強化することで持続的成長を目指す「グロースマーケティング」に関しても、展開方法について少しお聞かせいただけますか。
藤井さん ユーザーの決済行動を確実かつ正確に捉えられることも、アプリ決済の特性です。弊社では、技術パートナーであるインドの決済事業者・Paytm(ペイティーエム)が開発した決済サービスのマーケティングオートメーションツール(マーケティング業務を自動化し、生産性向上を図るツール)を導入しており、それを活用しながらユーザーのグルーピングや顧客育成をしています。

 たとえば、「このサービスをクリアすれば、ライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が○%アップする。そのユーザーにはこんなリワードを付与する」といったシナリオですね。現在は、数十本のシナリオが同時進行で走っています。

──具体的にはどのような施策をされているのでしょうか。
藤井さん 1つ事例を挙げると、休眠ユーザーへのリマインドです。どんなサービスでも、一度は利用しながらも長らく利用のないユーザーが出てくるという課題が現れるものです。とくにPayPayの休眠ユーザーの特徴として、残高を持ったまま長らく利用しないユーザーが少なからず存在しています。その残高に応じて、あるいはキャンペーンと絡めて休眠復帰を促すことで成果が出るケースもあります。

──国が実施したマイナポイント事業やコロナ禍を経て、日本でもスマホ決済が一気に普及しました。他社サービスもキャンペーンを工夫するなか、PayPayを継続的に利用してもらうためにはどんな施策が必要でしょうか。
藤井さん ユーザーを細かくセグメントしたキャンペーンは確かに効果的です。ただ、ボリュームゾーンはやはりマス層ですので、どうしても大規模に打つのは、その層に向けたキャンペーンになります。この2つを、バランスを調整しながら組み合わせ、いかにエンゲージメントを最大化していくか、ということになるかと思います。

4.サービス開始3周年、「第2フェーズ」真っ只中のPayPayが目指す今後の姿

──10月5日でサービス開始3周年を迎えましたが、PayPay全体としての目標の進捗はいかがですか?
藤井さん 当初は、3年(第1フェーズ)×3年(第2フェーズ)×3年(第3フェーズ)の9年計画でプランニングしていたのですが、思いのほか順調に進みました。具体的には、ブランド認知ユーザー数加盟店規模の確保が第1フェーズの目標でしたが、現在ではユーザー4200万人、加盟店は344万店舗を超えています(2021年9月時点)。第2フェーズは、その基盤をもとにビジネスをさらに拡大していくのが目標です。

  • PayPayのロゴマーク

──第2フェーズでは、具体的にどのような実現を目指しているのでしょうか。
藤井さん 事業会社として、マネタイズできるビジネスをたくさん構築していくことです。たとえば、加盟店や自治体などがPayPayのプラットフォームを活用し、キャンペーンを実施してくださっているのもその成果の1つです。またこの10月1日からは、中小加盟店向けの決済システム利用料の有料化が始まっています。

──では、第3フェーズはいかがですか?
藤井さん 人々の生活に欠かせないフィンテック(金融と技術をかけ合わせた造語)プラットフォーマーとして、PayPayを起点としたサービスが次々と生まれている状態を目指しています。これから我々が提供したいのは、「まだ世の中で実現されていない価値」であり、そこに踏み込んでもらうハードルは当然あります。ですが、体験していだければ、必ず良さを実感していただける。そうした機能やサービスの開発の準備が、これからの1年取り組んでいかなければならないことだと捉えています。

──スマホ決済サービスを超えて、PayPayはどのような姿を目指しているのでしょうか?
藤井さん ユーザーとお金の関わりについてあらゆる面でパートナーになっていきたいですね。多くの方が感じているように、日本ではこれまで金融教育があまりされてきませんでした。お金について語ることがはしたないなど、タブー視されてきたのも原因の1つです。しかし、お金は人生に関わる大切なトピックです。

 おかげさまで、PayPayは多くの方に親しみを持って活用していただけるようになりましたし、アプリを通してユーザーと緊密な接点を持つことができています。その利点を活かして、日本全体の金融リテラシーを少しでも高める一役を担える企業となっていきたいと考えています。

──最後に、藤井さんの視点から4年目に向けた意気込みをお願いします。
藤井さん 直近の展望としては、ユーザーを多数保有しており、かつ海外展開をしているLINE Payとのグループシナジーを最大限に引き出したいですね。またPayPayとしても一定のユーザーを抱えるサービスになったぶん、マーケティング的には複雑になってきています。

 とくに、現状まだPayPayを利用していない方は、必ずその理由があるはずですし、その方々に向けたアプローチはこれまで以上に難易度が高いと感じています。既存ユーザーの満足度のさらなる向上と、PayPay未体験層への訴求、この両面をしっかりと設計して、万全なカタチで次のフェーズに向かっていきたいですね。
(インタビュー・文/児玉澄子)

オリコン顧客満足度では「商標」など、多様なサービスをご提供
>【活用事例】エン・ジャパン、ユーキャンなど、活用企業インタビュー
>サービスの強み・弱みを可視化!マーケティングデータ販売中

藤井博文(PayPay株式会社 マーケティング本部長)
ふじい・ひろふみ●1998年、東海デジタルホン株式会社に入社。その後、社名変更ならびに会社合併により、ジェイフォン株式会社、ボーダフォン株式会社、ソフトバンクモバイル株式会社と転じ、2009年5月より同社マーケティング本部部長に就任。プロダクトマーケティング本部統括部長、サービスコンテンツ本サービスマネジメント部統括部長を経て、2018年8月よりPayPay株式会社 コーポレート統括本部(2021年4月からは事業推進統括本部へ管轄変更)部 マーケティング本部長を務める。