トップの理由

“金融のプロ”が捉える、日本における「資産運用」の現在と未来

ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEOの柴山和久氏

オリコン顧客満足度調査の各種ランキングで1位を獲得した企業のトップへのインタビュー企画【トップの理由】。今回は、初の調査となった「ロボアドバイザー」において、顧客満足度ランキング総合1位を獲得したウェルスナビ 代表取締役CEO・柴山和久さんのご登場です。前編では、世界的にもめずらしい「ものづくりする金融機関」としての特色について。後編では、日本における資産運用の現在地と課題などについて語っていただきました。
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 コロナ禍で遠景に追いやられた感はありますが、一時期盛んに語られたいわゆる「老後2000万円問題」は、今後ますます切実な問題になりそうです。リタイア後に退職金+年金で暮らせていた“昭和型のライフスタイル”が成立しにくくなっていく過渡期の現在、個人での資産形成・運用がより重要になりつつあります。

 財務省、マッキンゼーを経て、現在は働く世代に向けたロボアドバイザーサービスを提供する、ウェルスナビ 代表取締役CEOの柴山和久さんに、国内外の資産運用に対する認識のギャップや、日本における資産運用の現在地、そして未来について話をうかがいました。

1.働く世代の資産運用への意識は確実に変わりつつある

――国内のロボアドバイザー市場全体が大きく成長するなか、過去1年間の市場の成長の7割ほどをウェルスナビが占めています。2021年5月に、預かり資産4500億円を突破されていますが、前年の20年6月時点では2500億円ほどでした。急速に業績を伸ばしておられますが、こうした成長ぶりは、想定内の変化なのでしょうか。
柴山さん 日本の個人金融資産のうち、半分以上が預貯金に集中しています。また、日本では、投資信託の平均保有年数は約3年で、最低10年と言われる長期投資からはほど遠いのが実情です。「長期・積立・分散」のグローバルな資産運用は、日本でも少しずつ浸透し始めていると実感していますが、まだまだこれからです。

 ウェルスナビはおかげさまで、事業計画にほぼ沿って預かり資産を伸ばしてきています。ですが、目標は高いところに置いたほうがいと考えています。私たちは、「誰でも安心して利用できる社会的なインフラ」を目指しています。そのためには、まずは預かり資産1兆円を目指すところがスタート地点であり、まだまだ到達できていません。できるだけ早期に実現したいと考えています。

ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEOの柴山和久氏

ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEOの柴山和久氏

――日本では、まだまだ海外に比べ、資産運用という行動に対する浸透度・リテラシーが低いと言われています。コロナ禍における国内外の人々の「備え」に対する意識・行動には、何か顕著な変化を感じておられますか。
柴山さん 実はコロナ以前から、働く世代において、資産形成に対する意識は、少しずつですが変わりつつありました。とくに19年の、いわゆる「老後2000万円問題」以降、将来に備えなければ、という機運が高まっていたと思います。そこに昨年来のコロナ禍が重なり、家で過ごす時間が増えたことで、将来への備えについて、改めてご自身やご家族で考える時間が増えた方も多くいらっしゃるのだろうと推察します。

 結果として、ウェルスナビを利用するお客さまは、コロナ禍であっても20年の1年間で36%増え、預かり資産も62%増加しました。これまで対面で行っていた資産運用に関するセミナーをオンラインに切り替え、1年間で10万人以上の方にご参加いただいています。

「長期・積立・分散」を自動化する私たちのサービスがお客さまに理解され、評価され、選ばれる。そのために創業以来の努力を続けてきました。その結果が、第三者であるオリコンさんの調査で顧客満足度1位となり、客観的に裏付けられたということは、純粋に嬉しいですし、自信にもなっています。

2.人間の脳は資産運用には向いていない

――「長期・積立・分散」が資産形成のために重要だということは、冷静に理屈で考えるともちろん理解はできるのですが、とはいえ、いざとなるとなかなか実践するのは難しいようにも感じます。それこそ、相場がドカンと落ち込んだら、これ以上の損害を回避するために口座を解約し、最低限の利益を確定したほうがいいのでは?などと、つい考えてしまいます。
柴山さん 「長期・積立・分散」の資産運用では、相場の動きにとらわれず、淡々と続けることが重要です。一方で、人間の脳は資産運用には向いていない、という研究結果もあります。人間の脳は「損をすること」を極端に嫌います。

 資産が下がるタイミングで投資し続けることが怖いのはとても自然な感情です。ただ、損を恐れる感情は、「長期・積立・分散」の資産運用を続けるうえでは、大きな心理的な壁となります。ウェルスナビは、自動でおまかせの資産運用サービスを提供することで、相場の動きに一喜一憂せずに「長期・積立・分散」の資産運用を続けていただきたいと考えています。

――そもそも「長期投資」というものは、できれば10年以上、20年以上といったスパンで物事を考えなければならない。
柴山さん 難しいことですよね。ですから、私たちが創業当初から力を入れているのが「長期投資の継続」のサポートです。たとえば昨年、コロナショックで株価が3割くらい下落した時には、お客さまが不安を抱いていらっしゃると考え、動画メッセージをお送りしました。

 その際のメッセージのポイントは3つありました。第1に、10年、20年かけて資産を築いていくという観点からは、仮に金融危機が起きても、その影響は中長期的には実は大きくないということ。第2に、相場の変動を見て特別な行動をとる必要はないということ。第3に、資産運用以外にも時間とエネルギーを使うべき大切なことがたくさんあり、ウェルスナビはそのお役に立てるよう努力していくということです。

 今の働く世代が10年、20年と資産運用を続けていく上では、また何度も金融危機に見舞われると考えるのが自然です。しかし、世界経済は金融危機を何度も乗り越えて成長してきました。「長期・積立・分散」の資産運用を続けることで、短期的には金融危機で資産が大きく減るリスクがあるものの、中長期的には世界経済の成長率を超えるリターンを目指すことができます。

「長期投資の継続」をサポートするため、柴山社長自らが資産運用に関するセミナーに登壇するなど、積極的に情報発信を行っている ※写真は、新型コロナウイルス感染拡大前の対面セミナーの様子。現在はオンラインセミナーに切り替えている

「長期投資の継続」をサポートするため、柴山氏も自ら積極的に情報発信を行っている ※写真は、新型コロナウイルス感染拡大前の対面セミナーの様子。現在はオンラインに切り替えている

3.「週末に仕事をしない」をトップが実践する意義

ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEOの柴山和久氏

――現在、とてもお忙しい日々をお過ごしかと思います。仕事と家庭の両立もなかなか難しいのではないかとお察ししますが、よく言われる「仕事と家庭のどちらを優先するか」といった論点については、ご自身は現状、どのような判断をなさっているのでしょうか。
柴山さん 財務省時代、日本では、深夜・早朝まで働くことが続いて、家族との時間が持てなくなってしまいました。仕事は年々面白くなっており、やりがいを感じていましたが、家族との時間を優先して財務省を辞めることを決断しました。

 資産運用と同じで、人間の脳はどうしても、長期的な成果よりも短期的な成果を長優先してしまうのだそうです。「仕事と家庭のどちらを優先するか」というテーマでは、結果が返ってくるのに時間がかかる子育てや家庭より、取り組んだプロジェクトの成果が短期で見えやすい仕事を優先してしまいがちです。

 ですから、家族の時間は意識的に大切にしています。どれほど忙しい時期でも週末は休む。昨年の上場前の時期にも育児休暇を取りました。もちろん、成長途上のスタートアップなので、休むのが難しい場合は当然あります。それでもこのスタイルは、続けていきたいと考えています。

――マザーズ上場、経団連加入といった直近の動きは、より安定した経営基盤の醸成による顧客に向けての信頼感の訴求とともに、社内で働くメンバーへの安心感の提供にもつながっていそうです。
柴山さん より多くの人に、よりきめ細かなサービスを提供するための基盤を整え続けていきます。今後、私たちの預かり資産が1兆円規模やそれ以上になっていくことで、誰もが安心して利用できるサービスとして、さらに広く認識されていくことを期待しています。

 また、経団連への加入によって、資産運用だけでなく日本全体のさまざまな社会課題の解決をサポートできる立場になることにも、大きな意義があると考えています。まったく異なる事業領域の企業で、実は似たような悩みが課題となっている場合もあります。そうした共通の課題に対し協力し合っていくためにも、イノベーティブでありつつ、長期的に安定した事業展開ができる組織を引き続き目指していきたいと考えています。 (インタビュー・文/及川望)

【インタビュー前編】
>満足度No.1の「ロボアド」を実現、ウェルスナビ独自の“ものづくり文化”に迫る
>「トップの理由」インタビュー 一覧

>オリコン顧客満足度 ロボアドバイザーランキングの詳細はこちら(外部リンク)

プロフィール

ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEOの柴山和久氏

柴山和久(ウェルスナビ株式会社 代表取締役CEO)
しばやま・かずひさ●東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD(MBA)修了。ニューヨーク州弁護士。日英の財務省で合計9年間、予算、税制、金融、国際交渉などに参画。INSEADへのMBA留学後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてウォール街に本拠を置く機関投資家をサポートし、10兆円規模のリスク管理と資産運用に携わる。2015年4月にウェルスナビ株式会社を創業。Forbes JAPAN「起業家ランキング2021」では、TOP3に選出。著書に『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』(ダイヤモンド社/2018年)がある。