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ブラス・河合達明社長が語る「最高の結婚式」の原点 司会者時代の“違和感”がNo.1サービスを生む契機に

3.「なんでもっとちゃんとやらないんだろう?」日々積み重なる違和感

ブラス・代表取締役社長の河合達明氏

ブラス・代表取締役社長の河合達明氏 (C)oricon ME inc.

「愛知県中の結婚式場、ホテルで司会を務めていましたが、『なんでもっとちゃんとやらないんだろう?』と常々感じていました。たとえば、披露宴はある種の宴会なので、ホテルでは一般宴会部門に入ることが多いんですね。当時から、ホテルや結婚式場では、結婚披露宴も企業の宴会も、同じように配膳会社だけで取り仕切っているというケースが多く見受けられたんですが、司会者として会場を見渡しながら、このやり方はイマイチ良くないなと感じていました。決して悪いことではないんですが、どこか淡々としているというか。それに、どうしても1日に数組の披露宴や宴会を回転させていかなくてはいけませんから、時間や効率ばかり気にしてしまうんですよね。結婚披露宴は一生に一度のことで、企業の宴会と比べるとかかる金額も莫大なのに、結婚式・披露宴はどうしてこんなに画一的で自由度が低いんだろう?と思いましたね。

 加えて、司会に関しても思うところがあって。当時は全体的に、“マニュアル通り”の進行が多かったんです。私は司会者としてやれる範囲で、楽しい式を意識して演出していましたが、生意気を言うようですが、見学に行く先々で『面白くない司会だなぁ』と感じることが多かったですね。もちろん、口には出しませんでしたけど(笑)。ほんの少し新郎新婦に寄り添った工夫をすれば結婚披露宴の雰囲気はガラリと変わるはずなのに…と、本当にいろいろな面に対して悶々とすることが多かったですね」(河合氏)

4.『ゼクシィ』創刊も追い風に、ハウスウエディング事業をスタート

 そして、河合氏は1998年4月、脱サラし前身となる司会者事務所・有限会社ブラスを設立。自身が従事する司会から結婚披露宴の“改革”を行おうと考えたのだ。しかし、より良い司会のメソッドを極める一方、心の中では「結婚披露宴のすべてをプロデュースして、最高の結婚式を創ってあげたい」という思いが日増しに強くなっていく。そんなとき、時代が河合氏に味方した。

「私が司会者事務所に所属した27歳の頃(1993年)に結婚情報誌の『ゼクシィ』(首都圏版)が創刊され、結婚披露宴の新しいトレンドが生まれるようになったんです。最初にレストランを貸し切っての『レストランウエディング』が人気を博し、その後、ちょうど私が起業したあたりの頃から、『ハウスウエディング』というスタイルが定着しはじめていったんですね。そういった時代背景もあって、『もしかしたら、ハウスウエディングという形なら“最高の結婚式”をプロデュースできるかもしれない』と感じたんです」(河合氏)

 追い風が吹いている。起業して5年後の2003年、河合氏は株式会社ブラスに組織変更し、ハウスウエディング事業を開始。愛知県一宮市に1号店となる「ルージュ:ブラン」をオープンした。実はこの1号店、もとの姿は使われなくなってしまった2階建ての住宅展示場。もちろん、最初は“生活感のある”建物だったが、日々会場を探していた河合氏の目には宝箱に見えた。

ブラスの1号店は、もともと住宅展示場として使用されていた建物だった

ブラスの1号店は、もともと住宅展示場として使用されていた“生活感のある”建物だった。

「この建物を見たとき、ビビッと感じるものがあったんです。真ん中を庭にして、パーティー会場を継ぎ足してと、リフォームをすればきっと素敵な空間になる。そう確信して、所有している建設会社に直談判しに行きました。最初は気でも違ったのかと思われましたけど(笑)、一生懸命お願いをしたら許可をいただけて。この1号店は、人気店として今も健在です。木や植物がたくさん生えてきて、より魅力的な会場になっています」(河合氏)

写真は、現在の1号店「ルージュ:ブラン」。緑も多く、今なお人気のゲストハウスの1つとして支持されているという。

写真は、現在の1号店「ルージュ:ブラン」。緑も多く、今なお人気のゲストハウスの1つとして支持されているという。