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メンタルヘルスはなぜ大事? 心の不調を見抜くポイントと“コロナうつ”への対処法

連載コラム『コロナ禍を乗り切る超重要マネジメント 今こそ知りたい「メンタルヘルス」の効能』第1回目のヘッダー画像

 メンタル不調は、いつ誰がなってもおかしくありません。昨今では、長びくコロナ禍によって、社会全体とそれを構成する私たち1人ひとりに、有形無形の影響が蓄積されつつあります。さらに、「いつものストレス発散」が難しい今回(2020年〜21年にかけて)の年末年始は、抑うつ感が高まることも予想され、特に注意が必要な時期。このシリーズでは、いち早くメンタル不調の兆候に気づけるよう、改めて「メンタルヘルス」についての基礎知識を全3回にわたり学んでいきます。第1回目では、メンタルに関するメカニズムや不調を見抜くポイント、“コロナうつ”への対処法などについて知識を深めていきましょう。 (インタビュー・文/及川望)

【連載|今こそ知りたい「メンタルヘルス・ケア」の効能】
【今ココ→】#1|メンタルヘルスはなぜ大事? 心の不調を見抜くポイントと“コロナうつ”への対処法
>#2|ストレスと賢く付き合おう!心がけておくべきポイントを解説【メンタルヘルスを守るセルフケア その1】
>#3|職場で“今できる”メンタルヘルス対策、4つの重要な方策とは【メンタルヘルスを守るセルフケア その2】

アドバイザー
石井由里(ユリコンサルティング合同会社 代表/人財開発コンサルタント)

  • 人財開発コンサルタントの石井由里さん

いしい・ゆり/東芝EMI、ユニバーサルミュージックにて洋邦レーベル業務に携わった後、人事部門を自ら志望。メンタルヘルス対策、キャリア開発、研修企画などを幅広く担当。2016年に独立、主に音楽・エンタメ業界に特化した働き方改革支援やコンサルティングを行う。産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定のアンガーマネジメントコンサルタントTMでもある。

▼星野概念さん(精神科医・ミュージシャン)、手島将彦さん(音楽学校講師・産業カウンセラー・保育士)との対談記事も掲載中
>アーティストとスタッフの「こころ」をケアする「メンタルヘルス」対策のすすめ(外部リンク)

1.2022年度からは高校等で必修科目に、メンタルヘルスの重要性

メンタルヘルスケアができている人たち

――仕事でもプライベートでも、リモートでの交流が世の中に定着してきて、2020年から21年にかけてのこの年末年始は、忘年会や新年会もオンラインで行う動きが見られています。
石井 Go To トラベルやGo To Eatキャンペーンもそうですが、そういうことに参加できるほど心とお金に余裕のある人もいれば、医療従事者のみなさんをはじめ、とてもそれどころではない、という方もたくさんいます。withコロナ生活がスタートしてもうすぐ1年が経ちますが、この時期は得をしている人とそうではない自分、という分断をより強く意識してしまうタイミングだともいえますね。

――広く社会的な環境やその変化が個人のメンタルに及ぼす影響は、やはり大きなものなのでしょうか。
石井 そもそもメンタルヘルス、心の健康について、日本に暮らす私たちはあまりリテラシーが高いとはいえません。精神疾患というものの存在を、どこかタブー視して語らず、存在しないかのように振る舞ってきた歴史的・文化的な傾向もあるのでしょう。学校でメンタルヘルスの重要性について、きちんと教えてこなかったという背景もある。ですが、日本の自殺者数は、G7では圧倒的に1位。

 厚生労働省の2017年度の調べで、10〜14歳の死因の1位が「自殺」だったことが判明し、ニュースになったことは記憶に新しいと思います。全年代で捉えてもその数は多く、この2020年は11月単月でも1798人(対前年同月比11.3%増)。1月〜11月までの累計自殺者数は、1万9101人(※ともに速報値)におよんでいて、当然ですが、コロナによる死者数よりも自死のほうが断然多いのです。

――自死を選択する人の原因が、精神疾患だけとは限りませんが、その大きな要因の1つになっていると。
石井 もちろん個人によって、その症状の現れ方も背景も違いますし、プライベートなことなので、相談するのもされるのも難しい面はあると思います。なかなか話題にしにくいうえに、インフルエンザやケガのように目には見えません。あくまで心の中で起きていることなので、現状や回復過程などもわかりにくい。ですが、心の健康を損なってしまい、メンタル不調に陥ってしまう現象は、むしろありふれた、誰にでも起こり得ることなのだと、まずは理解しておく必要があります。

――よりオープンに、普通のこととして偏見なく語り合える世の中にしていくためには、正しい知識を身につけておく必要がありそうです。
石井 実際、2022年度から実施される新しい学習指導要領では、高校の保健体育で「精神疾患の予防と回復」が扱われるとのことです。精神疾患についての知識の向上、患者への態度の改善、援助行動の改善までがパッケージされている。精神疾患への対処としては、セルフケアや早期発見、専門家への相談の必要性、専門家の援助を妨げるような差別や偏見をなくしていくこと、誰でもかかる可能性がある病気であることなど、重要な視点が、真正面から教育の場で取り上げられていくことになりそうです。

――最新の知見に基づく、メンタルヘルスの基礎知識を当たり前に共有した若者たちが、やがて社会に出てくることになるのですね。
石井 おそらく、2030年前後には。だからこそ、受け入れる側もそれまでには労務管理の面なども含め、いろいろと準備しておくことが重要になってくると思います。万が一、職場環境要因によるメンタルヘルス由来での労災認定などをされたら、安全配慮義務違反となり、企業のイメージダウンも甚だしいわけですから。必須のリスクマネジメントとしても、または人材を最大限に有効活用するための経営戦略としても、従業員の心の健康にまつわる対策は、今から徹底しておくべきでしょう。

2.人はなぜメンタル不調に陥ってしまうのか? 心のメカニズム

うつ病は、よく「心の病」といわれるが、脳の病と呼べる状態であることが知られるようになってきた

――ものすごくそもそもの話で恐縮なのですが……あのぅ、なぜ人はメンタル不調に陥ってしまうのでしょうか…?
石井 たとえば、うつ病ではストレス耐性など個人の資質や性格、身体的な健康や社会・経済的な状況、住居や職場の環境、対人関係などなど、本当に多くの要因が複合的に影響すると考えられています。それらが有害なストレス要因として継続して働き、どんどん追い込まれてしまうと、さまざまな症状をともなった「病気」の状態にまでなってしまうことも多い。

 うつ病は、よく「心の病」といわれますが、実際には脳の中の神経伝達物質の分泌が正しく行われなくなってしまうことによる、脳の病と呼べる状態であることが知られるようになってきました。血糖値やコレステロール値のように、簡易に判明するものではありませんが、光トポグラフィでの脳の血流量測定など、診断の助けになる補助的なテクノロジーにより、少しずつ可視化されつつある。

――物理的な現象であるからこそ、薬物療法もカウンセリングとの両軸として古くから効果が認められ、行われているわけですね。
石井 つまり、必ずしも「心が弱い人だけがなる病気」などでは決してないということです。どんな人でもかかる可能性があります。ですが、これだけ医学が進んでも、まだうつ病のメカニズムは完璧には解明できていない。たとえば、特定の神経伝達物質の変調などが現象としては確認されていても、ではなぜ変調してしまうのか。正確な原因などは、実はまだよくわかっていません。

――とはいえ、うつ病においては、やはり強すぎるストレスが大きな原因になるということなのでしょうか。
石井 一般に、人のストレスへの抵抗は3段階あると考えられています(下図)。最初は「(1)警告反応期」。これは強いストレスにショックを受け、心身に不調が生じる状態。比較的、短い期間で次の「(2)抵抗期」に移行します。いわゆる、アドレナリンが出て乗り切ろうとする状態ですね。ですが、抵抗期がいつまでも持続できるわけではない。やがて「(3)疲弊期」に移っていきます。長期間の有害なストレスにさらされることで、抵抗力がだんだんと衰え、エネルギー切れの状態になる。するとまた心身の不調が表面化してきます。

生理学者のハンス・セリエが提唱したストレス学説(文部科学省「心のケア 各論」を参考に作成)

生理学者のハンス・セリエが提唱したストレス学説(文部科学省「心のケア 各論」を参考に作成)

――現在のコロナ禍というストレスが長引けば長引くほど、メンタルへの影響はどんどん懸念すべきものになっていくと。
石井 ストレスへの対処法としてまず考えられるのは、ストレス要因に働きかけ、それを取り除く、または無害なものに弱めること。職場に苦手な人がいたら、異動願いを出してみるとか、なるべく顔を合わさずに済むよう周囲に相談するとかですね。ですが、新型コロナの蔓延という社会状況に由来するストレスに対しては、個人の努力で取り除くことは難しい。その場合は、ストレス反応そのものを軽減するように対処します。

 不眠や憂うつな気分、なぜかイライラする、といった症状を軽減するために、まずは自分なりの気分転換、ストレス発散などを意識して実践してみる。誰かに愚痴を聞いてもらったり、カウンセリングに相談したりすることもいいでしょう。それらを実践して、なおかつ憂うつな気分がなかなか消失しない場合には、専門医に診てもらうことを検討してください。どんな病気でもそうですが、早い段階での専門医へのアクセスは、早期の快癒を実現するために、とても有効な選択です。