特集

「ストレス」と賢く付き合うには?心がけておくべきポイント

【連載コラム】今こそ知りたい「メンタルヘルス・ケア」の効能 第2回

 メンタル不調は、いつ誰がなってもおかしくありません。昨今では、長びくコロナ禍によって、社会全体とそれを構成する私たち1人ひとりに、有形無形の影響が蓄積されつつあります。「いつものストレス発散」が難しいことから、さらに抑うつ感が高まることも予想され、注意が必要。このシリーズでは、いち早くメンタル不調の兆候に気づけるよう、改めて「メンタルヘルス」についての基礎知識を3回にわたり学んでいきます。第2回では、「ストレス」のメカニズムを知り、上手に付き合っていくための手がかりをいくつか紹介していきます。 (インタビュー・文/及川望)

【連載|今こそ知りたい「メンタルヘルス・ケア」の効能】
>#1|メンタルヘルスはなぜ大事? 心の不調を見抜くポイントと“コロナうつ”への対処法
【今ココ→】#2|ストレスと賢く付き合おう!心がけておくべきポイントを解説【メンタルヘルスを守るセルフケア その1】
>#3|職場で“今できる”メンタルヘルス対策、4つの重要な方策とは【メンタルヘルスを守るセルフケア その2】

アドバイザー
石井由里(ユリコンサルティング合同会社 代表/人財開発コンサルタント)

  • アドバイザーの石井由里(ユリコンサルティング合同会社 代表/人財開発コンサルタント)

いしい・ゆり/東芝EMI、ユニバーサルミュージックにて洋邦レーベル業務に携わった後、人事部門を自ら志望。メンタルヘルス対策、キャリア開発、研修企画などを幅広く担当。2016年に独立、主に音楽・エンタメ業界に特化した働き方改革支援やコンサルティングを行う。産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定のアンガーマネジメントコンサルタントTMでもある。

▼星野概念さん(精神科医・ミュージシャン)、手島将彦さん(音楽学校講師・産業カウンセラー・保育士)との対談記事も掲載中
>アーティストとスタッフの「こころ」をケアする「メンタルヘルス」対策のすすめ(外部リンク)

1.ストレス耐性は個人の性格・状況・環境によって変化するもの

ストレス耐性は人によって異なる

――健康なメンタルの状態を維持するためには、「ストレス」は天敵のようなものだと思っていました。実はそうではないということですか?
石井 ストレスを発見したセリエ博士は「適度なストレスは人生のスパイスだ」と言っています。まったくなんのストレスもない、完全ストレスフリーな状態というのを想像してみてください。おそらく、いっさい起伏がなく、悲しみも喜びもない、のっぺらぼうな毎日をイメージしてしまうと思います。職場であれ学校であれ、あるいは家庭であれ友人関係であれ、なんらかのストレスを受けることで、それに心が反応してはじめて動きが生じてくるわけです。

 たとえば、「仕事で必要な資料作成の期日が迫っている」というストレスは、それ自体では良いも悪いもない。もしもそのストレス(=適度な緊張感)が集中力アップにつながり、質の高い資料が完成するのなら、むしろ有益なストレスといえるでしょう。ただし、自身の努力だけではとても対処しきれない膨大な量の仕事が長期間にわたって続いてしまうなら、それは有害なストレスになり得る。ストレスは程度の問題、というのはそういう意味になります。

――なるほど。会社組織や部署のトップなどに位置しておられる方は、そうした膨大なストレスを逆にバネにして乗り越え、業績を出してきた方も多いかと思います。
石井 いわゆる「こんな仕事量でキツイなんて弱音を吐くな。オレの若い頃はなぁ…」という、職場全体のストレス源にもなりかねないタイプの方ですね(苦笑)。今はかなり減ってきていますが。そういった認識の方には、有害なストレスに長期間さらされることで起きてくるメンタル不調は、なかなか感覚的に理解しにくいものかもしれません。ですが、大事なのは、同じ負荷であっても、受けとめる個人の価値観や性格などを含めたストレス耐性によって、その影響はさまざまに違ってくるのだ、という単純な事実を認識しておくことです。

――ストレスの影響を強く受けてしまう人には、何か共通した要素はあるのでしょうか。
石井 もともとの性格としては、代表的な4つのタイプというものがあります。「(1)何事にも完璧を求める真面目で神経質なタイプ」、「(2)ストレートな気持ちの表出が苦手な感情抑制タイプ」、「(3)内省的で細かなことでくよくよ悩む内向型タイプ」、「(4)責任感が強く、愛他的な気配りタイプ」の4つです。

 そうした生得的な性質に加えて、近親者に不幸があったり、長期の治療が必要な病気になったり、あるいは転勤などで見知らぬ環境に適応しなければならなくなったりするだけで、ストレスへの耐性はさらに変化します。新型コロナウイルス由来のものも含めて、環境的・社会的なストレスも当然ながら影響してきます。

――個々人のストレス耐性は、さまざまなパラメータが複雑に関わって変動するものであり、だからこそ誰もがメンタルに不調をきたす可能性がある、ということですね。
石井 とくに女性の場合は、更年期や出産といった、ホルモンバランスが変化するタイミングなども、ストレス耐性に影響します。外的・内的なストレスの刺激は、脳の視床下部に伝わる。視床下部というのは、交感神経・副交感神経から成る自律神経系と、ホルモン分泌を統合し、バランスを維持するところです。これに異物の侵入を攻撃する免疫系が加わり、心身のバランスを保つホメオスタシスが維持されている。長期間、有害なストレスがかかり、こうしたバランスが崩れてしまうと、メンタル不調だけでなく、現実の身体的な不調にもつながりやすいということです。

ストレスと身体の関係

2.「何が自分にとってストレスなのか」を知ることが大切、ストレスの対処法

人それぞれに感じ方が異なるストレスの対処法を知る

――では、具体的には、どのようにストレスに対処していけばいいのでしょうか。
石井 基本的には、「(1)ストレスの要因(=ストレッサー)に働きかけるコーピング」か「(2)ストレスで起きる結果(=ストレス反応)をコントロールするコーピングを心がけるか」の2つ。さらに、「(3)ストレス耐性を高め、回復する力を強化していく」という対処の方向性もあります。

――前回(第1回「メンタルヘルスはなぜ大事? 心の不調を見抜くポイントと“コロナうつ”への対処法」)でも少し言及されていた、ストレス要因を取り除く、または無害なレベルに弱める意識的な努力が、ストレッサーへの対処ですね。
石井 ただし、そもそも解決が難しいストレッサーに働きかけることは、それを続ける行為自体がストレッサーにもなりかねません。難しい場合は、ストレス反応に働きかけるほうの「ストレス・コーピング」(前出(2)の対処法)が重要になります。コーピングというのは、「問題に対処する」という意味。ここでは、いわゆるストレス解消法、気晴らしのようなものだとシンプルに捉えてもらっても構いません。

――つまり「ストレス解消のために温泉に入って、おいしいもの食べて気分転換する!」というような次元で捉えればいいということですか?
石井 大切なのは、ストレッサーから意識を遠ざけ、自由にモノゴトを楽しめる状態になることです。その意味では、温泉旅行でもいいですし、Netflixで海外ドラマ三昧の1日を過ごすのもいい。また、仲の良い友だちに思いっきり愚痴を聞いてもらうだけでも、感情的なカタルシスを共有してもらいつつ、状況を言語化することで、(ストレス)対象について距離を保って客観視できるようになるなど、立派なストレス・コーピングの機能を備えている場合が多い。

 最適な友人・知人に継続して愚痴を聞いてもらうことが、専門家によるカウンセリング並みの効力を発揮したりもしますよね。「話す」というのは、「放す」「離す」という行為でもあって、人に話すことで、重く辛い気持ちが思いがけず楽になるといった経験は、おそらく多くの人が経験していることだと思います。

――どちらにせよ、そもそも何が自分のストレスになっているのか、まず把握しておくことが必要になってきそうです。
石井 その際、同時に把握し、考慮しておきたいのは、自分が身の回りのモノゴトをどんなふうに受け止め、何をストレスと感じているのか、その傾向です。これは、「認知のクセ」とも呼ばれます。もともとの性格も当然影響しますし、置かれている状況によっても、ある程度の変動はあるでしょう。

 ある出来事にストレスを感じたとき、それにどう反応したのか。仕事も手につかなくなるほどの怒りや悲しみを心の中で感じたのか、手や顔面が震え、頭痛や吐き気を覚えるほどの衝撃を受けたのか。その強度や持続時間はどの程度か。簡単なメモなどで記録することを継続すると、ある程度、自分の「認知のクセ」が客観的に理解できるようになってくると思います。ストレッサーに対して、明確に意識・意図しない段階で、半ば自動的に反応として起きてくる自身の傾向から、見えてくるものはあるはずです。

――同じような出来事に対しても、個々人で感じるストレスのレベルや反応は異なる。自分の傾向を知っておくことが、いざそのストレスに対処しようという局面では大事になってくると。
石井 ストレスに対する受け止め方、認知のクセを知っておくことで、初めてそれを意識的に変更していく作業の土台ができます。よく例に出される「半分まで水が入ったコップ問題」ですが、“まだ半分も残っている”という認知と、“もう半分しか残ってない”という認知、実はどちらも主観的な決めつけでしかない。事象としては「半分まで水が入ったコップがあります」という状況でしかないわけです。

コップに水が半分入ったイラスト

――なるほど。まもなく接種がスタートする新型コロナワクチンでは、たとえば全国民の50%まで接種が進んだ段階で「いまだに全国民の50%。どうなっているんだ」といった不満や怒りと、「早くも全国民の50%まで進んだ。すばらしい」という満足と感謝、または「こんな急場しのぎのワクチンで、国民を危険にさらすのか」という別角度からの煽りなども予想されます。どれも結局は、「認知のクセ」による評価バイアスでしかない。リアルな現状としては、「全国民の50%にワクチン接種済み」があるだけ、ということですね。
石井 もちろん、副作用・副反応の懸念は常にどこかで意識しつつ、速やかに全世界的な集団免疫の獲得まで到達できたらいいですよね(嘆息)。ともあれ、認知のクセを知ることで、自分が陥りやすい、あるいは得意としている思考のルートというものは、確実に見えてくるはずです。自身の認知のクセを知り、意識することで、気晴らし的なストレス対処だけではなく、また別のコーピング手法も可能になってきます。

 期日に間に合わなそうな仕事を抱えていても、自分はダメだから仕方がないではなく、無闇に焦らず誰か周囲に相談してみる、そのために現状を整理してみる、といった行動の変化にもつながる。視野狭窄を避けるためにも、普段から複数の異なる見方・考え方ができると自分が楽になると思います。