特集

今日からはじめるアンガーマネジメントPart1 「ムダな怒り」を削減するには?

 2020年4月より、中小企業に対しても義務づけられる範囲が拡大した「働き方改革関連法」。【長時間労働の是正】、【柔軟な働き方の導入】、【非正規雇用者の待遇改善】を大きな3つの柱とし、多様化したワークライフバランスに対応した労働環境の改革が求められています。「働き方改革」では、労務管理の面ばかりが注目されがちですが、労働施策総合推進法の改正により、これまでのセクシャルハラスメント、マタニティハラスメントに加え、パワーハラスメント対策が各企業に義務づけられることにもなっています。このシリーズでは、ハラスメントを生んでしまう「意識」と、それをどうすれば回避できるのかという「行動」に着目し、解説していきます。

 パワハラは、普段の意識の持ち方や振る舞い方でも、その発生をかなり回避することができます。今回は、ハラスメント対策の1つとしても注目が高まっている「アンガーマネジメント」という心理メソッドをピックアップします。アンガーマネジメントの最大の目的とは、決して怒らないことではなく、怒るべきときにはきちんと怒り、ムダに怒らなくなること。そのために必要となるベーシックな考え方とは、どのようなものなのでしょうか。 (インタビュー・文/及川望)

アドバイザー

石井由里さん(人財開発コンサルタント)

<プロフィール>
いしい・ゆり●東芝EMI、ユニバーサルミュージックにて洋邦レーベル業務に携わった後、人事部門を自ら志望。メンタルヘルス対策、キャリア開発、研修企画などを幅広く担当。2016年に独立、主に音楽・エンタメ業界に特化した働き方改革支援やコンサルティングを行う。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会認定のアンガーマネジメントコンサルタント TMでもある。

1.アンガーマネジメントが、ハラスメント対策としても注目されている理由

――近年、「アンガーマネジメント」という言葉を耳にする機会が増えたように思います。この心理メソッドについて受講した人が、2019年までに日本でも100万人を超えたというニュースも見ました。アンガーマネジメントを習得すれば、みんなが怒らなくなって、仏さまのように柔和な顔で暮らす世の中になっていくのでしょうか。
石井 いえいえ。アンガーマネジメントは、決して怒らなくなるためのトレーニングではありません。「怒り」というのは、喜怒哀楽にもカウントされるように、生きていくうえではとても大切な、基礎的な感情の1つ。同時に、制御するのが実は厄介な感情でもあります。その怒りという感情を適切にコントロールし、怒るべきタイミングでは適切に怒り、相手により正確なメッセージを伝えられる怒り方を訓練する。ムダに小さなことでイライラしたり怒りに振り回されず、また時には、怒りを前向きなパワーやモチベーションに変換して上手に使いこなし、付き合っていきましょうというのが、本来のアンガーマネジメントの目的です。

――ということは、みんなが怒らなくなると、ハラスメントに対して過剰に反応することもなくなって、結果的に穏やかな職場環境になる、といった図式ではないのですね……。
石井 まったく違います(強い口調でにこやかに断言)。ハラスメント発生の大きな原因の1つは、思い込みによる属人的な常識・価値観の押しつけだというのは、前回までに説明したとおり(※第1回コラム「昭和、平成、令和でこんなに違う! 異なる「価値観」のすり合わせ術」参照)。そこでは、明確に言語化したり、誤解を回避するテクニックを駆使したりすることで、メッセージがより正確に相手に伝わるよう意識することが重要ですよね。その中でも、感情を単にぶつける「怒る」ではなく、効果的に相手を指導する「叱る」を実践するためには、ご自分の怒りというものがどのような特徴を備えているのか、あらかじめより深く理解しておく必要が出てきます。そういう意味で、アンガーマネジメントはハラスメント対策としても注目されている、ということなんです。

2.スポーツ界でも注目、アンガーマネジメントの習得で成績が向上する選手も

(akizouさんによる写真ACからの写真 )

(akizouさんによる写真ACからの写真 )

――とはいえ、正直あまりに感情的な人は苦手だな…という人も多いのではないかと思いますが。
石井 よく、海外の人から見ると、日本人は何を考えているのかわかりにくいなどと言われますよね。感情を隠すのが美徳という、いわば本音と建前の文化であり、そういう教育を受けてきたからとも考えられますが、そもそも怒りを含め、感情そのものに良し悪しはありません。ただ、特に怒りの感情の場合は、正しく表現して昇華してしまわないと、やがて「憎しみ」「恨み」に変化する。自分でも気づかないうちに、より制御しにくい状態にまで育ててしまうことがあります。「自分はあまり怒らないから、アンガーマネジメントは必要ない」というような人でも、うまく怒りを表現できず困ったことはあるはず。逆にいつも怒りすぎてしまう人も、怒りの感情をコントロールすることで、その後悔を減らすこともできます。特に強い怒りというのは考えもので、循環器系の病気を誘発するなど、実際にフィジカルに悪影響を及ぼしかねません。他者やモノなどの外部や、自分自身への攻撃性につながったりする危険もある。また、自分では理由はよくわからないけれど、しょっちゅう誰かに怒られてしまう、そういう方にも有効。アンガーマネジメントは、トレーニングで習得できる、感情のコントロール技術だと考えてください。

――なるほど、ちょっとスポーツのようですね。
石井 実際、アンガーマネジメントを取り入れることで、モチベーションの維持や成績向上につなげているスポーツ選手も増えてきているようです。怒りを試合でのエネルギーに昇華する。たとえばテニスでは、怒ってラケットを壊すような選手は強くなれない、という説があります。スイス出身のプロテニスプレイヤー、ロジャー・フェデラー選手も以前はよくラケットを壊していたのですが、アンガーマネジメントを通じて、その怒りをエネルギーに変換する術を学び、好成績を維持することができるようになったのは有名な話です。