特集

【Book Review#3】事例とともにCS経営の理解を深める/『J.D.パワー 顧客満足のすべて』

ビジネス感度を高めるブックレビューコーナー。顧客満足、従業員満足、働き方の向上や、それぞれの知識・理解を深める作品を中心に、考え方や明日の行動を刺激する1冊を紹介していきます。

今回の「推しの1冊」

紹介する本
『J.D.パワー 顧客満足のすべて 信頼と品質は顧客が決める』
著者:J.D.パワーIV世/クリス・ディノーヴィ (訳)蓮見南海男
発売日:2006年8月25日
出版社:ダイヤモンド社

紹介する人
株式会社oricon ME CS事業本部 本部長
庄司 知

<本書のキーワード>
#CS初心者 #J.D.パワーって何? #CS経営の事例が知りたい

事例とともに紹介、CSの知識を一から得るのにピッタリ

「本を読む」というのは、何か自分の中に不足しているものを得たいという渇望を埋める手段の中でも、有力な選択肢ではないでしょうか。

 私はオリコングループに入社して以来、いくつか新規事業開発を経験してきましたが、行き着いた先が「顧客満足度」を事業にする部門。恥ずかしながら、知識ゼロからのスタートでした。私が担当したのは、各業界の市場調査から、その業界で満足度調査をするならどういう調査設計が適切なのかを企画するプロセスで、新しく組成されたチームで行うことになりました。

 手探り状態のなか、「業界のことは中の人に聞くのが一番だ」との観点から、各企業さまのもとに「業界について教えてほしい」とアポイント取りをして訪問させていただきました(貴重なお時間を割いていろいろなことを教えていただき、当時お世話になったみなさまには今でも本当に感謝しております)。

 ただの素人が、オリコンを名乗って企業さまに訪問するのはプレッシャーしかなく、とにかく勉強するしかありませんでした。当時を思い返せば、かなりの量の関連書を読んだと思います。業界については、Webに記事がたくさん載っているのですが、「顧客満足(Customer satisfaction=CS)」に関してはつかみどころがなく、とにかく本に頼りました。どちらを最初に読んだのかは忘れましたが、以前このブックレビューコーナーでご紹介した『顧客満足[CS]の知識』(日本経済新聞出版社)と、今回ピックアップした『J.D.パワー 顧客満足のすべて』の2冊は最初期に読んだ本です。

『顧客満足[CS]の知識』が学問的な本であれば、『J.D.パワー 顧客満足のすべて』のほうは複数の事例と照らし合わせて展開されているので、腹落ちしやすいものになっています。CSの知識を一から得るには、この2冊を組み合わせて読むことで良いスタートが切れたと思っています。

本書が投げかけてくれる“もう1つ”のメッセージ

 J.D.パワーと言えば、アメリカの自動車産業ではよく指標にされている満足度調査の老舗。日本国内においても聞いたことがある方もいらっしゃるかと思います。本書は、その調査機関および創業者のジェームズ・デビッド・パワー三世(著者は四世)が設立から蓄積してきた知見をベースに、語られています。

 本書では、ボイスオブカスタマー(Voice Of Customer=VOC)というワードが頻出します。直訳するまでもないのですが、「顧客の声」が大事だということを口酸っぱく述べているのです。J.D.パワーが創設されたころ、アメリカの自動車メーカーはプロダクト中心で、顧客に対する理解が足らないというメーカーも多かったそうです。そうしたメーカーは徐々にシェア率を下げ、代わりに顧客満足度調査の結果と真摯に向き合ったトヨタ自動車やSUBARUなどはシェアを伸ばしていったというのです。

 それだけでは、J.D.パワーのただの自慢話で終わってしまうのですが、メインで扱っているわけではないものの、本書が私たちに投げかけてくれる重要な点は、経営目線の投資対効果についてではないかと思います。

 アメリカのコンサルタント・執筆家であるジョン・グッドマン氏による「グッドマンの法則」では、顧客のクレームに適切に対処した場合にはリピート率が高まるとされています。その可能性が高いだろうというのは、私も含め、多くの方が肌感覚として持っていると思います。しかし、ビジネスの世界では、経営者は常に投資対効果を考えなければなりません。グッドマンの法則をそのまま額面通りに受け止め、宝の山だと思って、とことんカスタマーサポートに投資したほうがいいのでしょうか? 本書には、こう書かれています。

「本書をここまで読んだ限りでは、我々が「最高でなければ意味がない」と考えていると誤解されるかもしれない。だが、技術革新やあらゆる顧客関係がダイナミックに変化する今日では、企業は顧客満足度向上の費用と効果のバランスを考える必要がある。残念ながら、最高を目指すことが必ずしも経済的に得策ではないのがビジネスの常だ。並が良しとされることもままある」(J.D.パワーIV世、クリス・ディノーヴィ 著、蓮見南海男 訳(2006年)『J.D.パワー 顧客満足のすべて』/ダイヤモンド社/81Pより)

自身の経験と重ね合わせることで、新たな発見や問いが生まれる

 過去、私もカスタマーサポート対応をした経験があります(いずれも小さな組織で、誰もがなんでもやるという状態だったので…)。

 ECサービスを運営していたころ、何十万円もする限定品の取り置きをしてほしいという熱狂的なユーザーから電話を受けたことがあります。取り置きした結果、熱狂的なユーザーは購入してくれたのですが、取り置きをする期間、私のショップにはキャッシュが入ってきません。当時、小さなECショップだったので、現金が手元にない以上に不安なことはありません。

 また、ソーシャルゲーム(モバゲーとか、なつかしい!)を運営していたころ、「トレード機能が不便」など細かい要望をいただくことがありました。その通りだなとは思いつつも、それに対応するために稼働させるリソース(=コスト)を回収できません。それよりもユーザーに楽しんでもらいながら、事業としてリターンの大きな選択肢はほかにあるのです。またあるユーザー1人のクレームに向き合いすぎて、1日のほとんどを浪費し、複数日も電話に対応したケースもありました。あのときは、リソースはもちろん、心理的にも辛いものがありました。

 今、こうして、ある程度整理して書けるのは、本書で挙げられる事例を読んで、過去に自分が経験した顧客接点とリンクできたためです。新しく得た知識と既存の知を紡ぎ出していくと、多くの気づきを得ることができます。

 これからこの本を手にする方も、きっとご自身の経験と重ね合わせることで、内省するだけでは得られない発見や新しい問いが生まれるのではないかと思います。そうなってくると、また知識欲が湧いて、新しい本を手に取ってしまうのですが。

 ちなみに、顧客ロイヤルティ指標のNPS(R)では、付けられたスコア別に回答者を「推奨者」「中立者」「批判者」と分類していますが、本書では「推奨者」「無関心者」「刺客」と分類しています。本や組織によって言い方が違うものの、スタンダードな分け方なんだな、と改めて思いました。