CS(顧客満足)やES(従業員満足)に関する疑問・お悩みを解決していく連載コラム「武田哲男のCSお悩み相談室」。著書100冊以上、40年以上にわたり現場重視のCS(顧客満足)経営コンサルティングを手がけてきた武田哲男氏が、みなさんから寄せられた質問に答えていきます。
>連載「武田哲男のCSお悩み相談室」記事まとめ(全6回)
第5回目のお悩み
毎年、年に1回、社内で従業員満足度調査を実施しています。結果をもとに、改善すべきところについては対策を行っているつもりですが、調査結果からより良い環境づくりや改革ができているか? また、従業員の方々に調査に答えたこと(調査を行っていること)が有益だと思ってもらえているのか?少々不安なところがあります。従業員の声を事業に反映していくために心がけておくべきことや、進めていくプロセス上でポイントがあれば教えてください。
投稿者データ
年齢 |
30代 |
業種 |
産業機械メーカー |
職場での立場 |
一般社員 |
主な仕事内容 |
人事担当 |
職場のおおよその人数 |
4000人 |
誰の声を集めれば良いのか? 改めて理解したい“「従業員」の範囲”
こんにちは、武田哲男です。連載第5回目は、社内で従業員満足度(Employee Satisfaction=ES ※以下、ES)調査をご担当の方からのご相談です。ES調査に関しては最近、働き方改革やコロナ禍の影響によりこれまで以上に重要視されている面と、逆に蔑ろにされている面の両方があります。では、本質的にどのように顧客満足(Customer Satisfaction=CS ※以下、CS)・ESを捉え、どのようにES調査に取り組んだら良いのか、セオリーと実践的な面からご質問にお答えしたいと思います。
まずは「顧客の概念」ですが、改めてその本質を確認しておきましょう。顧客(=ステークホルダー)に関しては、6つの概念と範囲に分けられます。
(1)最終消費者・生活者・ユーザー (社外顧客)
(2)社員・従業員 (社内顧客)
(3)取引先 (社外顧客)
(4)地域社会 (社外顧客)
(5)株主 (社内・社外顧客)
(6)行政など
「社内顧客」とは正規社員、非正規社員・派遣社員・嘱託など、自社ならびに自社関連先で自社のためになんらかの仕事に取り組んでいる人たちを意味し、その意識を調べることがES調査なのです。
ES調査にまつわる諸問題と注意点
冒頭でも申し上げましたが、ES調査は働き方改革や新型コロナウイルスの感染拡大などの影響で、これまで以上に注目度や重要性が高まっています。しかし、本質を理解したうえで実施をしなければ、調査をしても最大限の効果を上げることはできません。そこで、よくある問題について注意点とともにご紹介したいと思います。
●調査対象を絞り込んでしまう
前述したように、正規社員はもとより非正規社員も大切な社内顧客であり、ES調査の対象範囲です。また、調査によって聞き出したいのは、満足していることより、むしろ「業務環境や条件に対する不満」。さまざまな従業員たちの潜在意識を把握・解決し、相互満足の関係を築いていくことが大切です。
●「ESが何より一番大切、CSはその次!」の間違い
こんなとんでもない意見を唱える人がいますが、どちらが優先かの問題ではなく、社内・社外問わず顧客は大切。ビジネス社会では、「世界中に顧客不在で成り立つ企業は1社も存在しない」「社員のみで顧客ゼロの会社は世界に存在しない」「顧客の購入がゼロで成り立つ企業は世界に1社も存在しない」という考えが基盤だからこそ、ESが重視されているのであって、順序は関係ありません。
●調査の概要が従業員にしっかり伝わっておらず「本音」が引き出せない
ES調査の目的は「真の満足向上のため」にあり、「実態把握のため」ではありません。企業はさらなる成長・発展のために、ES調査で「潜在化している満足要素」を調べるのです。ところが、概要が従業員たちにしっかり伝わっておらず、「本音」を聞き出せていないケースは多いように思います。
たとえば、用紙によるアンケート、インターネット調査ともに表面上は無記名式でも、後から誰が記入したか、回答したのかを特定できると思っている人は多く、「本音は記さないのが普通」という現実があります。詳細をしっかりと伝えておかないと、建て前ばかりの回答が寄せられてしまいます。
●「ミステリーショッパー」を行う場合は注意が必要
直接的な手法によるES調査ではありませんが、働いている職場環境や無機質で投げやりな態度・姿勢・表情で作業しているか否かを見るためにあるのが「ミステリーショッパー(覆面調査)」。ただし、結果を見る際には注意が必要です。
とくに注意が必要なのは、調査員が生まれてから一度も行ったことのないようなレベルのレストランや一流ホテル、日頃からまったく縁がない高質なサービスの調査レポートを行うケースです。誤った活動批判やあら捜しは、一生懸命に現場で働く人たちの怒りを買い、やる気を失わせ、企業によっては退職者が続発するといった事態も招いています。
ちなみに、私どもが実施している覆面調査は、ロールプレイング等の各種スキルを身につけた俳優が実施しています。たとえば、国際級ホテルのチェック項目は、世界共通の700項目がありますが、私どもは761項目で実施しています。
ES調査を進めるうえで、心がけておきたいポイント
では、ここからは、具体的に調査を進めるうえで心がけておきたいポイントについてご紹介します。
●調査を行う「目的」を明確にする
さて、先にES調査の目的は、従業員の「真の満足向上のため」とお話ししましたが、調査を行う際はさらに目的を明確にすることが大切です。目的があいまいなら目標もあいまいになり、必然的に調査結果もその後の取り組みや成果もあいまいになってしまいます。
●新型コロナ感染拡大による働き方の変化など、「時代性」も加味する
ES調査を企画するうえでは、その時々の時代性を加味することも大切です。2021年現在で考えると、新型コロナウイルス感染拡大の影響で私たちの生活は一変し、提供する商品やサービスも大きく変化しています。職場環境や仕事の仕方に関しては、ニューノーマルの革新性が求められています。それによって、企業が行う取り組みや目指す方向性も変わってくると思いますので、それぞれES調査の組み立て、質問項目に反映させます。
●実施頻度は、年に1回が一般的
ES調査の実施頻度は、通常1年に1回が一般的。思いついた時に調査をする不定期調査では、「本気で課題解決を図る気持ちがあるのか?」と従業員が疑心暗鬼に駆られてしまうので、定期的に調査を行い、定点観測をするようにしましょう。
ES調査として、「夕礼・終礼時に時間を設け、日々スタッフが率直な意見を出し合い、その場で意見交換と知恵を出し合い解決する」「毎日最低2件の気づきのメモを提出してもらい、これを1週間に1回、みなで整理・分析し解決する」といった方法を採用している企業もあります。
●質問項目の変更は、そのつど最大でも3割以内とする
先ほど、その時々の状況も加味するようにとお伝えしましたが、時代の変化が激しいからといって、毎回すべての質問項目を変えてしまっては、前回や過去との比較はできないので、その点には注意が必要です。定点観測の観点から、質問項目の変更・見直しを行う場合は、そのつど2〜3割の範囲内で行うのが一般的です。つまり7〜8割は、前回と同じ質問項目を設定します。そのため、変化があった事柄について質問を設定すると良いでしょう。もちろん、とくに必要がなければ、無理やり変更する必要はありません。
●調査結果を共有する際のプロセス
調査を行ったら必ず「共有」するようにしましょう。むしろ、共有を行い、課題解決に向けて行動を起こさなければ、調査を行う意味がありません。共有のプロセスは、以下の手順を参考にしてください。このように、全社共有を行うことで連携体制になり、組織を挙げて課題解決に取り組んでいくことができるのです。
(1)戦略性にかかわる調査結果は、まずは社長・トップ層(役員)に報告会を通じて解説・報告を行う。上層部の正しい理解と熱意がなければ、組織はなかなか動きません。
(2)次いで、部門・部署にかかわる課題を、部長クラスに伝える。
(3)具体的な戦術課題は、課長クラスに伝える。
(4)課題に応じた組織横断的プロジェクト課題については、各プロジェクトリーダーに伝達する。
(5)現場課題については、現場のリーダー・担当者たちに伝える。
なお、企業によっては、トップ・トップ層に報告会を通じて解説・報告をした後で、全社員に伝えるケースもありますが、その場合は社外にその内容が漏れないよう、十二分な注意と配慮が必要になります。また、経営にかかわるマターを全員に知らせても本質的な理解ができなければ、かえって誤解を生むなどの問題を引き起こすこともあるため、上記(1)〜(5)のようにするのです。
ES調査の実施による革新的な成功事例
ここからは、ES調査により赤字経営から脱した工作機械製造のX社(BtoB)の成功事例をご紹介したいと思います。
X社は、5〜6年にわたり業績が下降線をたどり、ついに30数億円の累積赤字を生み出してしまいました。理由は、過去に工作機械事業部の製造・販売部門が売上に貢献してきたため、業績が下降している事実をついつい大目に見てしまったからです。好調時の利益が、大きく稼いでいる「情報テクノロジー系商品」の成長に貢献したことも挙げられます。
しかしながら、さすがにこれ以上の赤字は続けられないということで、廃部の結論がなされたのです。工作機械事業部のスタッフたちが、長年にわたり取り組んできた仕事が消えてしまうことに耐えられない、やりようによってはなんとかなるはず、なんとか少し時間が欲しい、革新を図り発展の努力をしたい、という思いを会社に依頼したところ、会社からは特別にあと2年だけ待とう、という結論が下されました。
そこで、まずは工作機械事業部のES調査からスタートすることに決め、以前から研修その他で縁があった外部講師・T氏にアドバイス・アシスト・コンサルティングを依頼。そして、中間管理者、工作機械に関連する各部門・部署の人たちや現場担当者たちにアンケート票によるES調査と、グループインタビュー方式のES調査を実施し、1ヶ月以内に結果を出すという超スピーディーな取り組みが行われました。
真の顧客は誰かの明確化、取引実態の分析、数百人におよぶ正規社員・非正規社員・派遣社員・臨時雇用者などの困っていること・不満の把握がなされ、浮上した課題の概要はおよそ以下のとおりでした。
(1)売上げ低下に伴った働き手のモチベーション低下、担当者同士での仕事に取り組む意識の温度格差拡大
(2)職場環境の悪化、マンネリ感、やる気の欠如、企業風土、文化の欠如が進行
(3)商品・サービス・マネジメント・マーケティングの欠如と品質低下
(4)管理者に対する不満(とくに人事評価のあいまいさ、査定側の個人差がひどい、不信感、不公平な給与設定に対する怒り、福利厚生面に対する不満など)
(5)取引先との関係が馴れ合いになっている(コスト分析や取引条件に対するあいまいさと不信感がある)
これらの課題を解決するために、以下のような取り組みを行いました。
●組織横断的プロジェクトチームの編成
とかく部門・部署単位で取り組む課題解決は企業第一主義になりがちで、顧客本意につながりません。そこで、組織横断的プロジェクトチームを編成し、課題解決に取り組みました。
●業務改革・革新
そもそも、工作機械のコモディティ化(同類・同質化)による値引き合戦が赤字を招いていました。そこで、ES調査の結果も参考にしながら、「工作機械のオーダーメイド方式を導入する」「顧客層別分類を行い(たとえば、RFM分析などにより)、各層に応じたサービス・きめ細かい品質対応を実施する」など、さまざまな取り組みを行った結果、工作機械事業部の赤字は14ヶ月で解消されました。
●人事評価を360度評価に
とくに不満があった人事評価は、360度評価(上司、同僚、部下など、職場での立場や関係性が異なる複数の評価者によって、対象者を多面的に評価する)に切り替えたところ、喜ばれ、やる気の向上につながりました。
●リモートワーク・SOHO(Small Office Home Office)スタイルを導入
従前の業務は、「出社してチームでの活動」でしたが、1人ひとりが自宅やレンタルスペースで仕事に取り組むようになり、「現状把握→整理・分析→課題の明確化→戦略立案→戦術化→実践→成果達成」を自身ですべて行うホラクラシー(上司なし、部下なし)スタイルに変化。1人ひとりの資質・能力が向上しました。
社会・経済とともに、ES調査の在り方も変化している
高度情報化社会、テクノロジーの進化とともに、経済環境も大きく変化しています。加えてコロナ禍による社会環境の変化に直面している現在、企業間取引、最終顧客とのビジネス関係も次のステージを創造中です。当然ですが、ESも進化のために今後のあるべき姿・夢・志を明確にして、目標達成の阻害要素を浮き彫りにする調査項目設定と設計が必然だということをご認識ください。
●誰の声を集めれば良いのか?改めて理解しましょう
●調査を行う目的を明確に
●調査の概要をしっかりと伝え「本音」を引き出す
●調査には時代性も加味すること
●質問項目の変更は、そのつど最大でも3割以内に
●調査結果は必ず共有するようにしましょう
プロフィール
武田哲男(たけだ・てつお)
武田マネジメントシステムス 代表取締役
服部時計店(現・SEIKOホールディングス)入社後、銀座・和光で小売部門を経験。以来、サービス・CS分野のパイオニアとして、企業規模・業種・業態を問わず、多くの企業活動の実務に参加している。日本初のCS・CSM(CS Management)実務書『CS推進ここがポイント』(日本能率協会)をはじめ、『なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか? あなたがサービス・製品を選ぶ本当の理由』、『顧客「不満足」度のつかみ方・活かし方』(ともにPHP研究所)など、著書は100冊以上。CS・顧客サービス研究所、武田マネジメントシステムス代表取締役のほか、豊富なキャリアから一般社団法人エチケット・サービス向上協会 代表理事や、クレーム関係のセミナー・講師なども務める。
>武田マネジメントシステムス 公式ホームページ(外部リンク)