CX(カスタマー・エクスペリエンス)の重要性や、サブスクリプション型ビジネルモデルの普及などを背景に浸透しつつある「カスタマーサクセス」という概念。昨今では、新たな職種としても徐々に拡がりを見せ、注目されています。そこで本記事では、「カスタマーサクセス」の概要やカスタマーサポートとの違い、成功に導くためのポイントなどを紹介します。
今回のキーワード カスタマーサクセス
解説 日本能率協会コンサルティング(外部リンク)
1.カスタマーサクセスとは? カスタマーサポートとの違い
カスタマーサクセスとは、直訳すれば「顧客の成功」という意味です。もう少し意訳すれば「顧客を成功へ導く」ということです。その考え方は、カスタマーサポートと比較するとわかりやすくなります。
カスタマーサポートをここでは以下のようにおいてみましょう。
カスタマーサポートの役割・考え方
●顧客からのプロダクトやサービスの問い合わせに対応し、顧客の問題解決を目的とする。
●企業は、顧客が抱えている問題を解決するためのサポートをすることが役割。
●企業が対応するのは顧客が申し出た問題であり、あくまで真の目的達成は顧客に委ねられる。
●問い合わせ対応という意味では、受動的・消極的とも言える。
●顧客との関与は問題が発生してから解決するまでなので、関係は比較的短期間で断続的。
●カスタマーサポートで企業が狙うのは、その問題解決サポートに対する顧客満足(Customer Satisfaction =CS)の最大化。(もちろん、その先の継続利用等は狙うものの、直接的に言えば用件に対するCS)
●対応部署は、「コストセンター」として位置づけられる。
一方、カスタマーサクセスは以下のように考えられます。
カスタマーサクセスの役割・考え方
●プロダクトやサービスを利用する顧客を成功(=真の目的達成)へと導くために、企業は顧客に対して能動的・積極的に働きかける。
●顧客への関与は、目的達成までのストーリーに沿って行われるので、中期的で連続的になることが多い。
●カスタマーサクセスで企業が狙うのは、継続取引におけるライフタイムバリュー(Life Time Value=LTV)の最大化。
●対応部署は、営業的・アウトバウンド的性格を持ち、「プロフィットセンター」として位置づけられる。
つまりカスタマーサクセスとは、顧客の真の目的達成(=成功)を実現するために能動的に働きかけ、長期の安定的な関係を築いて収益を確保する戦略と言えます。
【カスタマーサポートとカスタマーサクセスの比較】
カスタマーサポート |
カスタマーサクセス |
|
目的 |
顧客の抱えている問題解決 |
顧客の真の目的達成 |
企業のスタンス |
受動的・消極的 |
能動的・積極的 |
関与 |
短期的・断続的 |
中期的・連続的 |
企業のねらい |
対応用件のCS最大化 |
ライフタイムバリュー最大化 |
対応部署の位置づけ |
コストセンター |
プロフィットセンター |
2.カスタマーサクセスの考え方が登場した背景
カスタマーサクセスの考え方は、CX(Customer Experience=カスタマーエクスペリエンス/顧客体験を意味する)の考え方が普及したことが背景にあると言えます。
かつて米・経済学者のセオドア・レビット氏が、「顧客が欲しているのは、ドリルではなく穴である」と言っていたにもかかわらず、企業は永きにわたってモノ売りやサービス売りを続けてきました。サポートとしては、修理や利活用アドバイス、不具合の解決といったことが中心でした。つまり、製品やサービスを利用してどのような体験を生み出すかは顧客に委ねられていたと言えます。これは、製品やサービスに価値があるという考え方です。
しかし、CXの考え方の普及により、重要なことは顧客の体験価値であるということが再認識されました。レビット氏の言葉を借りれば、穴ですら顧客が欲しているものではないかもしれません。
穴によって、顧客が何かしら真の目的を達成した時に、価値が生じることになります。このCXの考え方により、カスタマーサクセスという概念が登場したと言えます。つまり、顧客の目的達成のための手段(=製品・サービス)を提供したり、その利活用や問題解決をサポートしたりするだけでなく、顧客の目的達成(=成功)に対して積極的に働きかける活動をしようという考え方が重視されるようになってきたのです。
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「サービス・ドミナント・ロジック」や「製造業のサービス化」といったキーワードもこの流れを汲むものです。また、昨今ではサブスクリプション型のビジネルモデルも増えてきました。サブスクリプションは購入ではなく期間に対してチャージされるので、継続利用が重要であり、そのために離反防止などの能動的なアプローチが必要になってきます。
また、普及しているSaaS型のビジネスを成功させるポイントとしても、カスタマーサクセスの考え方は重要です。SaaSでは、継続利用が安定した収益をもたらします。さらに、自社サービスを利用する顧客に対してカスタマーサクセス的なアプローチをとることで、課題解決提案やそこからのアップセル・クロスセル(獲得した顧客の客単価を上げるための営業方法)を狙いやすくなります。
これらの背景により、カスタマーサクセスの考え方が重要になってきています。
3.カスタマーサクセスを「成功」させる4つのポイント
カスタマーサクセスを「成功」させるためのポイントを考えてみましょう。
【1】サクセスストーリーの明確化
顧客の真の目的達成に働きかける、というのは言葉で言うほど容易くはないことです。たとえば、顧客と直接コミュニケーションを取るなかで、「仮説→質問による検証」を繰り返して真の目的を把握する必要があります。同じ用件であっても、顧客によって「真の目的」は違うはずです。顧客にとっての成功は、表面的なものではなく、見栄や野心など、奥深いものも絡みます。
フィットネスクラブを例に考えてみましょう。顧客のニーズを表面的に考えても、「健康のため」、「ダイエットのため」、「筋肉質のボディをつくるため」といろいろあります。さらにその奥底には、「周りの人から注目されたい」、「長生きしたい」、「やりきって自信をつけたい」といったことが考えられます。どこまで働きかけるかは一旦置いておくとしても、「顧客の真の目的は何か」をつかもうと努力をすることは不可欠です。その「真の目的仮説」を素早く立てるには、各種調査や分析から「顧客の真の目的仮説」を整理しておくことも有効です。
さらには、成功へ導くストーリーが求められます。企業側が水先案内人となって成功へ導くのですから、的確なアドバイスや働きかけが必要となります。どんなタイミングで、何をするのか? まさに成否を分けるポイントです。
【2】顧客のデータ管理
顧客を成功に導くためには、顧客ごとの状況がわかっていると成功確率が高まります。そのためには、利用履歴など、顧客のデータがあったほうがベターです。とくに企業側からアプローチをするためには、利用履歴等のデータがなければ難しくなります。カスタマーサクセスにかかわらず、以前からのデータベースマーケティングの流れのなかで顧客情報を蓄積している企業も多いと思います。
カスタマーサクセスの視点で蓄積したデータを分析・活用しましょう。CRM(=Customer Relationship Management/顧客関係管理を意味する)同様、離反予兆分析やアップセル・クロスセル(獲得した顧客の客単価を上げるための営業方法)の傾向を把握し、顧客を導くことだけでなく、顧客の成功を整理し、そこへ至るストーリーをデータから分析してみましょう。また、今後という意味では、必要なデータを検討し収集していく取り組みが必要です。
【3】精神論や方法論で終わらせない
CSと同様、カスタマーサクセスも本質的かつポジティブなキーワードなので、ともするとスローガンのまま終わってしまいがちです。具体的にどうするのか、戦略的に考えることが不可欠です。
一方で、逆にデータやシステムなどの方法論だけが議論されることも少なくありません。顧客を成功に導くためには、顧客の真の目的に働きかけるという、正解のない取り組みと言える要素も大きくあります。サイエンス(論理性)だけでなく、アート(価値観)といったことも重要です。ここには、人がやるべきことが多くあります。企業には、カスタマーサクセスのマインドやスタンスと、データやツールの双方が求められます。
【4】顧客同士のコミュニティの形成
カスタマーサクセスの考え方が普及しているのは、昨今の「顧客同士のコミュニケーションが活性化している状況」が背景にあることが挙げられます。顧客同士がCXを語り合い、お互いにさまざまな影響を与え合っているのです。カスタマーサクセスの本質は、CX=顧客体験の価値です。口コミなどの他者推奨の多くは、体験が語られることによって説得力を持ちます。カスタマーサクセスでは、この顧客同士のコミュニティを上手く活用することを考えましょう。企業が顧客同士のコミュニティの場を提供する、といったこともその1つです。
4.カスタマーサクセスで一般的によく使われるKPI(指標)
カスタマーサクセスでは、「ヘルススコア」という考え方があります。これは、顧客が継続利用するかどうかということをスコア化して活用することです。顧客の利用が良い状況にあるかをヘルス=健康になぞらえています。スコア化することで、顧客の優先順位付けをする、顧客セグメント別のアプローチを検討するといったことがしやすくなります。代表的な指標を見てみましょう。
解約率(チャーンレート)
継続利用促進を目指しているので、解約率(チャーンレート)は重視される指標の1つです。考え方には大きく2つあります。
(1)カスタマーチャーンレート
ある期間に解約した顧客の割合です。以下の計算式で算出されます。
(対象期間で解約したユーザー数/対象期間前の全ユーザー数)×100
(2) レベニューチャーンレート
ある期間の収益に対する損失の割合です。以下の計算式で算出されます。
(サービス単価×対象期間で解約したユーザー数/対象期間の総収益)×100
いずれにしても対象期間中の新顧客数の影響を受けますが、基本的な考え方は上記のとおりです。
アップセル率・クロスセル率
アップセルとは、より高額な製品・サービスを利用してもらうことです。クロスセルとは、ほかの(特に関連性の高い)製品・サービスを利用してもらうことです。顧客の成功体験がこういった利用単価向上につながると考えられ、指標として取り上げられます。
アップセル率とクロスセル率は、以下の計算式で算出することが一般的です。
●アップセル率=(一定期間内で)アップセルした顧客数÷全顧客数
●クロスセル率=(一定期間内で)クロスセルした顧客数÷全顧客数
NPS
NPS(R)とは「Net Promoter Score(ネット・プロモーター・スコア)」の略で、0〜10点の11段階で他者推奨意向を確認します。0〜6点=批判者、7〜8点=中立者、9〜10点=推奨者とし、スコア化します。利用している製品やサービスへの満足度が高ければ、他者推奨が期待されるので、ヘルススコアの1つとして考えられます。
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※Net Promoter(R)およびNPS(R)は、ベイン・アンド・カンパニー、フレッド・ライクヘルド、サトメトリックス・システムズの登録商標です。
オンボーディング率
オンボーディングとは、新規顧客に製品・サービスの利用方法やメリットを理解してもらい、継続利用したい状態にする期間を指します。そのために、BtoBであれば顧客先に訪問して説明会を開催したり、ユーザーフォローをするといったアクションがとられます。ネットであればチュートリアルの動画配信などがあります。
どの程度の期間で、どの状態をオンボーディング完了とするかを自社で設定し、完了率を算出します。算出式は以下のとおりです。
●オンボーディングが完了した企業 ÷ オンボーディング期間の全企業
5. カスタマーサクセスの成功事例
続いて、カスタマーサクセスの成功事例について紹介します。カスタマーサクセスの考え方はSaaS型ビジネスと親和性が高いため、成功事例としてもよく取り上げられます。しかし、どのようなビジネスにおいても重要な考え方なので、ここでは、オンラインサービスではないビジネスをカスタマーサクセスの視点で解釈して、ケースとして取り上げてみたいと思います。
事例1:ライザップ
「カスタマーサクセス=顧客を真の目的達成に導くこと」と聞いて思い浮かべる企業に、「結果にコミットする」(R)のキャッチコピーで知られる、ライザップがあります。カスタマーサクセスのポイントは、以下のような点だと考えられます。
●サクセス状態や真の目的を明確にする
どんなボディをつくりたいのか、それはなぜなのか、といったことを確認する。
●サクセスストーリーが設定される
目指すボディに近づくためのメニューが設計される。
●離脱させず、サクセスを実現させるためのフォローがある
トレーニング中にトレーナーがコミュニケーションをとることでサポートする。ほめてモチベーションを維持することも。
また、専用アプリでも各種サポートがある。
●結果としてクロスセルが期待される
カスタマーサクセスの体験をした顧客は、ゴルフや英会話といった他のサービスを利用する可能性がある。これがCX(カスタマー・エクスペリエンス)の強さであり、ブランドエクイティといえる。
※「結果にコミットする」(R)は、RIZAPグループの登録商標です。
事例2:テルモメディカルプラネックス
医療機器メーカーのテルモは、「テルモメディカルプラネックス」という施設を運営しています。これは、総面積1万4000平方メートルを誇る広大な施設で、テルモの歴史や技術を紹介するだけでなく、病棟や手術室などの医療現場を忠実に再現し、医療従事者を対象とするトレーニングを提供しています。
メディカルプラネックスを通じて、医療関係者が機器を適正に使用できるようになり、質の高い医療の提供はもちろん、安全性や効率性が高まるといったサクセス体験が生み出されていると考えられます。つまり、この施設が「カスタマーサクセスの拠点」といえるのではないでしょうか。
※参考サイト:テルモ公式HP「テルモメディカルプラネックス」(外部リンク)
6.カスタマーサクセスの今後
ここまで、カスタマーサクセスについて、考え方やその背景、実践のポイントなどを見てきました。カスタマーサクセスの考え方は、多くの人の納得感を得られるものでしょう。しかし、良いことばかりではありません。たとえば、受動的な問い合わせ対応サポートよりもコストがかかりがちです。働きかけられることを好まない顧客もいるでしょう。事業特性や競争力の観点から見て、どこまで、どのように実践するのかを考えてみてください。あえてカスタマーサポートに徹し、別の要素で差別化することも考えられます。
モノ売りやサービス売りでは差別化しづらく、顧客の体験価値が重要なことは間違いありません。そういう意味では、カスタマーサクセスは今後も主流となる考え方の1つであることは確実でしょう。今までよりも深く顧客を捉える、その上でどのような関係を顧客と構築するのか? CS関連のテーマは、結局ここを考えることになります。
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